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ミニマリストな夫婦の断捨離 捨てられない心理

 

引越しは断捨離のチャンス

私と夫は家を売ることを決めた時、持たない暮らし、というものも同時に選択しました。ですから、まず最初にやろうと決めたことは断捨離だったんです。私も夫も50年以上の人生経験があり、人とのつながりがあり、キャリアがあり、家族がいて、育んできたものがありますから、手放せずにいるものがいっぱいあるわけです。

私は14年前にオーストラリアへ語学留学でやってくる時、家財道具も愛車も洋服も、おまけに20年近く書き溜めていた日記も、すべて処分するという大きな断捨離を一度経験しています。これは、荷物を預かってくれる身内が当時いなかったということが大きな理由ですが、万が一私に何かあって遺品を処分なんていうことになった時、周りに迷惑をかけたくないという思いもあったからです。

とにかく、かなりのものをこの時処分しましたが、同時に、かなりの量を海外に持ち込みんでいたことに今回気づきました。大きなダンボール3つほどもある日本語教材、絵本作家鈴木悦郎さんの絵画6点、母が生前に用意しておいてくれた着物や帯の数々、茶道具などなど。学生をしていた私には必要ないものばかりだったんですが、日本において置く場所がない、預かってもらうところがない、という理由もありましたが、それ以上に、絶対に手放したくないものでもあったからです。

それほどまでの思いで持ち込んだ日本語教材や絵画や着物や茶道具ですが、留学時代から今日までの通算14年間、私はそれらの箱を一度も開けたことがありません。使おうと思ったこと、使う必要があったことが一度もないのです。

 

手放せない捨てられない心理

私が手放せずにオーストラリアまで持ってきた数々の品は、結局箱からさえも出さずじまいのものばかり。おそらくこれから10年先も箱を開けることはないのだと思います。それでも手放せない、捨てられないのはなぜでしょう?

手放せない心理、捨てられない心理については、こんな理由が挙げられます。

・いつか使うかもしれない
・高価で手放しがたい
・処分しなければよかった、と後悔するかもしれない
・贈り主の気持ちを思うと申し訳ない気がする
・思い出が詰まっている
・ものを大切にしなさいという親からのしつけ
・あっても邪魔にならない

 

いつか使うかもしれない

私の大好きな斎藤一人さんが「いつか使うかもしれない、なら、使う時になったら買えばいい」そんなことをおっしゃっていました。その通りだなって思って思わず笑ってしまったのを覚えています。これは、もったいない、の気持ちとも繋がっていると思うのですが、いつか使うかもしれないものを捨ててしまうのはもったいない、使うことになった時にまたお金と労力を支払わなければならないじゃないか、という考えです。

でも、スペースにどれだけのお金を払っているかを考えると、一旦手放し、必要になった時にまた購入する、この方がお得なことが多いものです。

私たちは家を売る直前に自転車を2台買いました。1万5千円ほどの安い自転車ですが、新品ですので手放すのが惜しい。それで家を退去する時に倉庫を借りました。倉庫代が1ヶ月1万5千円。ということは、2ヶ月で自転車2代分の代金となり、3ヶ月目からは倉庫を借りている分だけが損失となるんです。

いつか使うかもしれないし使わないかもしれない物のために、高いお金を払ってそれを保管するスペースを買うというのは、それこそもったいないですよね。

 

高価なものほど手放しにくい

今回の断捨離の際、自分の洋服ケースの中に一度も着ていない服が何着も何着もあることに改めて気がつきました。毎回小さな断捨離をするたびに処分してきたはずなのに、高価なものだけはやはり手元に残っていたんです。

断捨離をする際、買ったときの値段を考えると決断はかなり鈍ります。しかもそれが一度も使用していないものだったりすると、まるで買ったときと同じ価値があるかのように思ってしまうものです。箱に入ったままの新品のブーツやコートを眺め、「これ5万円だったんだよね」とつぶやき、この先着るのか着ないのか、という肝心の選択基準をすっかり忘れ、5万円という価格だけが手放す手放さないの基準に変わってしまう瞬間です。

私の手元に残っていたコートやカバンやブーツたちも、そうやって私の持ち物として生き残ってきたわけですが、いつ陽の目を見るのかもわからない日陰の身でもあるわけです。

今回の断捨離でまた同じ罠にはなりそうになった私は、買い手を探すことをせず、自分で一度着てから手放すことにしました。買い手を探すなら、袖を通さない方がいい値段で売れるでしょう。でも、いつ売れていくらで売れるかわからない服を保管するために貴重な空間を使うのは、それこそ浪費だと思ったんです。

そこで、気持ち良くさよならするために、私は新品の洋服たちに袖を通し、それぞれの服で夫と出かけたり、好きなカフェに行ったり、友達と会ったりして、洋服やカバンとの一回限りのデートを楽しむことにしました。もちろん記念の写真も撮りましたよ。そのあと一つ一つにお礼を言って、それが似合いそうな後輩にあげたり、不用品を扱うお店に寄付したりしました。今頃は、それを本当に好きになって愛用してくれる人のところに嫁いでいることでしょう。

私よりずっとかっこよく素敵に着こなしていたら嫉妬するでしょうが、その時は「逃がした魚は大きい」と苦笑いするだけです。