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童話から読み解く 本物の王子様の見つけ方

サクセスストーリーを読みたければ童話がお勧め
子供向けに書かれた童話には、『わらしべ長者』のように貧乏者が億万長者になったり、『シンデレラ』のように継母にいじめられて惨めな暮らしをしている少女が王子様に見初められお姫様になったり、『ウサギとカメ』のように弱い者が強いものに勝ったりと、逆転劇のサクセスストーリーが多いように思います。「今はどんなに小さな存在でも、努力さえすれば必ず報われる」そんな、筆者の思いが込められているのかもしれません。

シンデレラは自己肯定感の低い女子

児童のみならず、大人にも夢と希望を与えてくれる名作童話の数々ですが、大人になると、幼少時とは異なる視点でストーリーを読み解く幅が広がります。例えば『ウサギとカメ』。運良くカメが勝ってくれたから良かったですが、日常を水辺で暮らすカメにとって、相手の土俵である乾いた陸地で競争することは避けたほうが賢明だったとも言えるでしょう。ビジネスの世界では、競争の途中でライバルが昼寝をしてくれるなんてことはありませんから。

何度も映画化されている有名すぎるほど有名な物語『シンデレラ』は、サクセスストーリーの最高峰ですね。私も大好きです。いつか私にも王子様が現れてくれるかもしれないと、胸をときめかせてくれたワクワク童話の一つです。ところが、今の私は『シンデレラ』を読んでも共感できないのです。人生はそんなに甘くないことを知ってしまった、というのではありません。私の場合は、人生に対する信頼感は大人になった今の方がずっとあります。人生は自分が思っているよりずっと上手くいくものだということが、40代になってからわかるようになりました。

私が共感できないのは、踏まれても踏まれても耐え忍ぶシンデレラの姿勢です。耐え忍ぶことに美徳を感じ共感する文化、と言ってもいいかもしれません。幼少時代から30代までの私は、言いたいことも言えず、周りの満足を満たすことに翻弄していました。その結果として私は10代後半で拒食症になってしまうんですが、長い闘病生活の末に拒食症から卒業した私は、自分の健康を害してまで守るべきことなど何もない、と言い切ります。自分の健康を害してまでやるべきこと・尊重すべきことなどないと思うのです。

自己受容 自己肯定 そんな言葉が盛んに使われるようになった左近、耐え忍ぶシンデレラの生き方は現代の女性にどう映るのでしょう。シンデレラは病気になる前に王子様と出会ってくれたからこそハッピーエンドとなりましたが、もしも出会いが後5年先だったなら、彼女の素直さや純真さ、彼女の美貌や健康は、随分と損なわれていたんだと思います。そうなってしまったシンデレラに王子様が一目惚れするのかどうか? もしそんなもう一つのシンデレラストーリがあるのなら、ぜひ読みたいものです。

 

自立や冒険とは縁遠い王様の娘

グリム兄弟によって生み出された数々の名作童話の一つに『カエルの王様』というお話があります。魔法使いの呪いによってカエルの姿に変えられてしまった王子様が、王様の娘にキスをしてもらうことでめでたく王子の姿に戻ることができた、というお話です。

娘が素敵な王子様と結ばれるという結末はシンデレラと同じですが、『カエルの王様』が『シンデレラ』ほど有名にならないのは、娘の置かれた境遇に読者の私たち(女の子)が共感できないという点があるからかもしれません。このお話に出てくる娘は平民の子ではありません。王様の娘です。この時点で読者の私たちは距離を感じるわけです。人生、最初っからいいスタートきってますからね。

ところが大人になってこのお話を読んでみると、お城という隔離された場所で安しをしがら生きている彼女には、自立をするという発想が育つ隙間がどこにもないように思えます。自分の足で立ち、自分の意思で選び、自分で責任を取る、そういう生き方もあることを知らずに一生を終えるとしたら、それはちょっとした悲劇じゃないかとも思えるんです。王様の娘として生まれたら生まれたで、私たちにはわからない苦悩もあるのかもしれません。

 

チャンスの神様が美形でいてくれたら見逃さなかったのに・・・

カエルから「一緒に食事をさせてほしい。一緒にベッドで寝かせてほしい。キスして欲しい。」と頼まれた王様の娘は、泣きたい気持ちでいっぱいになります。彼女には、カエルはカエルにしか見えません。本当は美しい王子がカエルの姿に変えられてしまっているだけなのだとた知っていたら、一緒に食事をすることも、一緒にベッドで寝ることも、キスをしてあげることも、どんなにたやすいことだったでしょう。

チャンスの神様のお話を知っていますか?チャンスの神様は前髪しかないそうです。前髪しかないということは、後頭部には毛がないということです。前髪しかない顔を想像してみてください。美形とは言い難くありませんか?つまり、その神様が目の前を通った時、ドキッとして思わず抱きつきたくなる、ということは起こり難いわけです。だからほとんどの人が忍ぶシを逃してしまうのでしょう。

カエルにキスをしたがらない娘のお話も、前髪しかないチャンスの神様を見逃すお話も、ものの本質を見抜くのは容易ではない ということを教えてくれています。深い洞察力と、何事もジャッジしない宇宙的な視野、許す心、そんなものを持ち合わせていないと、一瞬で本物を見分けることは難しいのかもしれません。では、人生経験も乏しく、指導してくれるメンターもいない場合、チャンスの神様かどうかを見分けるために、私たちはどうしたらいいのでしょうか?

 

本物の王子様を見つける確実な方法

目の前にリンゴがあったとします。あなたは、そのリンゴが美味しいかどうかを知りたいと思っています。どうしたらそれが美味しいりんごなのか美味しくないりんごなのかを確かめることができるのでしょう。色艶で判断しますか?色艶という外見と中身の味は関係なかったりしますよね。口コミを読んでみますか?本や映画の評価と自分の評価感想が全く異なったという経験をお持ちの方は、口コミはあくまでも一つの指標だということをご存知ですよね。では製造元へ問い合わせてみましょうか?販売を目的としている製造元は美味しいですよと言うでしょう。賢い消費者のあなたが、それを鵜呑みにするとは思えません。何かもっと確実な確かめ方はないものでしょうか?
あります。「食べてみる」ことです。 食べてみれば、そのりんごが美味しいかどうかが瞬時にわかります。

では、目の前に醜いカエルが座っていたとします。あなたは、そのカエルが王様に変えられてしまったカエルなのか、それともただのカエルのなのかが知りたくてたまりません。どうしたらそれを確かめることができるでしょう。
そうです。「キスしてみる」ことですね。キスしてみれば、王様かただのカエルかが瞬時にわかりますから。

答えが欲しければ、考えるより行動

本物の王子様を見つけるにはキスをすることだと言いました。何百匹、何千匹、何万匹といるカエルの中に、カエルの姿をしている王子様カエルは一匹だけです。王子様カエルに当たる確率は高くはありません。もっとはっきり言えば、当たる確率は低いです。それでもめげずに片っ端からキスをして行った人だけが、本物の王子様に巡り合えるのです。

このサイトのドメインネームは、kissing100frogs 。100匹のカエルにキスをする、という意味です。私は2年間に1000通以上のプロフィールを受け取り、100人以上の男性とデートをしました。文字どおり100匹のカエルとキスをしたわけです。実際にはキスではなくカフェデートですが。そうやって片っ端からキスをして行った先に、王子様カエルである現在の夫との出会いがありました。98匹で諦めて止めていたら、100匹目の夫とは出会っていないことになります。

私たちは確信が持てないことに対してはとても臆病になります。そして、確信が持てないからという理由でやらずに来たことがたくさんあるんじゃないでしょうか。やらずにそのまま放置していたら、時間が経って確信に変わっていた、ということはめったにありません。やらずにいることは、そのままずっとわからないこととしてあなたの中に残るだけです。

かたっぱしからカエルにキスをすしていくというやり方は、パートナー探しのためだけの手法ではありません。自分を生き生きとさせてくれる仕事、自分をリラックスさせてくれる土地や国、自分を健康にしてくれる食事法などなど、かたっぱしから体験してみることです。そうしていく中で、自分にとっての”本物”を見分ける力と知恵がついていきます。”本物’という言葉がピンと来なければ、自分にとっての”最高””最適””快適”と言ってもいいかもしれません。

もう一度言います。
自分にとっての本物を見つける方法はただ一つ。かたっぱしから体験(キス)してみることです。